アラフィフの「お母さん」のモヤモヤを整えてスッキリ!
笑顔で晴れ晴れと生きる気づきを届けます!

湯郷 ゆけむりバルに行ってきました。

LINEで送る
このエントリーを Google ブックマーク に追加
Pocket

本日は仕事終わりに

雨の中「湯郷 ゆけむりバル」へ。

 

温泉街を盛り上げたいという

方々の思いや、バルに集まる

多くの人の笑顔が見えて

いい時間でした。

 

 

このブログは、

発想は素晴らしいけど

なかなかチャレンジしない

女性経営者をゼロにする。

 

ひよっこ女性起業家の船出を支援する

おせっかいパートナー

榎本尚子が、

日々に役立つメッセージを

毎日お送りしています。

 

no.1232

 

 

湯郷 湯けむりバルに参加

数年前から開催されている

湯郷 湯けむりバルに

仕事終わりに、

夫婦でひさびさ参加してきました。

 

 

オットの会社関係の人が

なぜか湯郷に多く、

今回のお誘いは

運営スタッフである、

元先輩のKさんからあり、

 

 

 

ついでに、湯郷に住む後輩Wくん

「うちの母の店、寄ってください」と

チケットを追加でもらい、

楽しくお店回りさせてもらいました。

(Wくんのお母さんのお店は

 残念ながら日中だけのイベント参加)

 

 

小正寿司の、おいしいお寿司に

 

 

シボンのインド人が作るカレーに

(ここはいつも行くお店)

 

 

誘ってくれたKさんの

立ち飲み屋「あしたも晴れ」

で仕上げ。

 

 

このところ疲れ気味だった

下戸のオットは、

すきっ腹にビールをいれて

もう一杯立ち飲み屋で

カクテルを飲んだら

 

 

ぐでんぐでんに酔っぱらって、

ただいまベッドで寝てます。笑

 

 

長時間ではないけれど、

息子は一緒についてこなかって、

珍しく二人で出かけて

いい時間でした。

(息子は家に帰ったら

「シボンのカレー食べたかったのに―

教えてよー!」とクレームでした笑)

 

 

バルのイベント自体は

お昼からやっていて、

19時の時点で

すでにひと段落した感じもありましたが、

わたしたちの後から、

団体でワイワイお店に

入ってくる人もいたし、

 

お店に来たら「あらーーー!」と

お互い声かけあう声も聞こえて

ああ、賑やかでいいなと思いました。

 

 

わたしたちもお寿司屋さんで、

誘ってくれたKさんと会えて

久々にいろいろ話せて

よかったです。

 

 

 

廃れゆく街を元気にしようとする人たちがいる

 

どこでも

温泉街は、何もしなければ、

来場者数が

年々減る一方です。

 

 

湯郷も例にもれず、

昭和感あふれる閉店した

店舗があちこち残っていますが、

 

 

少しずつ新しいお店もできていたり、

月1回は「ゆのごうマルシェ」で

にぎわっていたり、

年に2回はこうやって「湯けむりバル」が

開催されています。

 

 

都会のように、

いつも賑やかでということは

難しいかもしれませんが、

 

 

地元の人たちが力をあわせて

街を盛り上げようとする活動は

応援したくなります。

 

 

ということで、

わたしは、参加者として、

できることをできるだけ

応援してきます。

 

 

みなさんの周りにも

地元を盛り上げようとしている

方々がいますよね。

 

 

盛り上げる手伝いは

無理かもしれませんが、

イベント当日だけでも参加して

お金を払って、応援も

りっぱな盛り上げになりますよ。

 

 

ぜひ、そういった活動にも

加わってみましょう。

 

 

自分の仕事に役立つヒントも

たくさん転がっていますよ。

 

 

 

わたしも、
そういうヒントを拾いに

参加していますよ。

 

では、また明日!

 

 

 

質問受け付けています!

 

LINE公式アカウント、

友だち追加

 

 

 

LINEで送る
このエントリーを Google ブックマーク に追加
Pocket

お問い合わせ

住所 岡山/岡山市東区邑久郷
津山/久米郡美咲町周佐600-19
受付時間 火~土:9:30~17:30
定休日 日・月

           

あなたを笑顔に変える伴走者

                               
名前榎本 尚子
住まい岡山県

Profile

1973年岡山市生まれ。県立岡山城東高校、ノートルダム清心女子大学卒業後、求人誌・ブライダル誌・グルメ誌の編集・製作を経験。後輩やアルバイトの育成にもかかわる。

厳しい家で育ち、お金を自由に使えなかった反動で、大学時代は家庭教師などバイトに明け暮れ、入ったお金を右から左へと使いまくる。その上、社会人になって、高額エステで、数十万のローンを組み、車やパソコンを購入し、預金がスッカラカンに。

そこから、お金の使い方を考えるようになり、ファイナンシャルプランナーという職業に興味を持つ。そして、「自分の知識や経験で、周りの人を幸せにしたい」と思うように。

その後、国内生保営業を経て、2004年 ファイナンシャルプランナーとして開業。ファイナンシャルプランナーでは、19年間で1000組以上の世帯の相談にこたえる。

詳細を見る

月別記事